チャロアイト丸玉の物語 – 『やわらかな円』
舞台:長野県・安曇野の図書室つき古民家
主人公:佳乃(よしの/52歳/元・高校国語教師)
✨【序章】
定年を2年前に迎え、
佳乃は、ひとり静かな山あいの古民家に移り住んだ。
町営の図書館の分館として使われていた建物を借り受け、
古書の整理をしながら、静かに暮らしている。
そんなある日、
本棚の裏側から小箱が出てきた。
中にあったのは、
手のひらにすっぽり収まる、紫色の丸玉。
重みのあるその球体には、
深い夜のような濃い紫と、
霧のように淡い白が、渦を描くように混ざっていた。
🌿【第一章:手のひらの宇宙】
夜、丸玉を両手で包みこむように持った。
冷たさとあたたかさが、同時に伝わってくるような不思議な感覚。
まるで、なにかがこちらの“感情の流れ”をなぞっているようだった。
翌朝、目覚めたとき、
ずっと心の奥でひっかかっていた、
“あの言葉”がなぜか思い出された。
「先生のせいで、国語が嫌いになりました」
教え子のひとりに言われた言葉。
笑って受け流したふりをしていたけれど、
本当は、長く胸の奥に刺さっていた。
🌌【第二章:球体の記憶】
日が沈むと、古書に囲まれた部屋の空気が一段と澄んでくる。
丸玉を置いて眺めていると、
内部にわずかに浮かぶ白い筋が、
記憶の層をなぞるようにゆらいだ。
自分の言葉が、誰かを傷つけたかもしれない。
けれど、自分もまた、何度も不完全なまま人に向き合ってきた。
ふいに、涙がこぼれた。
「もう、赦してもいいかもしれない」
その“赦し”は、生徒にではなく、
ずっと責め続けてきた“自分”へのものだった。
🪞【第三章:やわらかな円】
丸玉を手にする時間が日課になった。
朝の光の中で見ると、紫の中に微細な虹色が立つことに気づいた。
それはほんの一瞬しか見えない、
でも確かに“在る”光だった。
「正しさだけで、生徒と向き合おうとしすぎていたかもしれない」
言葉の正解を与えるのではなく、
“問いを持たせる授業”を、もっとすればよかった。
そう思ったとき、
胸の中に静かな空洞ができた。
悲しみではない。
“空間”だった。
その空間に、風が通り、
今の自分が、やっと“教師であった日々”を愛せるようになっていた。
🌠【エピローグ:手のひらのまるい記憶】
今では、チャロアイトの丸玉は、
図書室の木製の机の上に置かれている。
訪れる子どもや大人たちが、
自然と手にとって眺めていく。
佳乃は、微笑みながらそれを見ている。
あの球体は、
“伝えきれなかった思い”を、
やわらかく包みなおしてくれているのかもしれない。
今も、静かに、そっと。
🌈【この物語が伝えていること】
まるいものは、傷を角で引っかけず、
なにかを静かに「包みなおす」かたちをしている。
それは、記憶も同じ。
すぐには癒えない言葉たちも、
時を経て、自分で抱き直すことができる。
チャロアイトの丸玉は、
そんな“記憶の再包”を促す静かな導き手。
過去を責めるのではなく、
やわらかく抱くために、そっと手のひらにいる。
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