『漆黒の反射』
舞台:長野県 松本市の古民家カフェ
主人公:恵理(42歳/カフェオーナー)
テーマ石:グリーンランド産ヌーマイト(タンブル/手のひらサイズ)
恵理がその石と出会ったのは、都内の骨董市だった。
漆黒の石が、ひときわ深く沈んだ光を放っていた。
「…まるで夜が閉じ込められてるみたい」
その石は“ヌーマイト”というらしかった。売り手の中年男性は言った。
「これはね、グリーンランドの遥か古代の石です。3億年どころじゃない、30億年の記憶が眠ってるよ」
恵理は笑いながらも、なぜか手放せなくなっていた。重さも冷たさも、なぜか心地よかった。
カフェを始めて3年。順調ではあったが、最近どうも気力が落ちていた。
人と話すことが億劫になり、営業中もときどき涙が出そうになる。
その日も夕方、カウンターの奥でヌーマイトを手に持っていた。
すると、空間の“音”がふっと消えた。
客の話し声も、BGMも、厨房の湯の音も。
静寂の中に浮かんだのは、昔の母の声だった。
「恵理、泣いていいんだよ。あなたが我慢してるの、わかってたよ」
彼女の亡くなった母は、決してそんなことを言う人ではなかった。
けれどその声は、確かに母の声だった。優しくて、静かで、あたたかかった。
その夜から、ヌーマイトを握って眠ると、何度も似たようなことが起きた。
あるときは、祖父と話していた。あるときは、知らない誰かが「立ち止まらなくていい」と語っていた。
ただの夢だろうと何度も思った。
でも、翌朝の目覚めには確かに何かが落ち着いていた。
自分の中にあった古い“悲しみの沼”が、少しずつ干上がっていく感覚。
ある常連客が久しぶりに訪れた日、ふと恵理が聞いた。
「最近、カフェの空気が違うって言われませんか? 前より深く休めるって」
恵理はふと笑った。
そういえば、ヌーマイトをカウンターの隅に置いてから、
不思議と店の空気が“揺れない”ようになっていた。
誰かの苛立ちや悲しみも、いつのまにか吸い込まれ、浄化されるように。
今でも、恵理は毎晩ヌーマイトを手に眠る。
それはもはや“お守り”ではない。
彼女にとって、古代の夜と繋がる静かな入口となったのだ。
【この物語が伝えたいこと】
グリーンランド産ヌーマイトは、ただの漆黒の石ではありません。
それは“何かを引き出す静けさ”を内包し、
持つ人の深層にそっと語りかけてきます。
感情の迷子になったとき、
過去の自分に会いたいとき、
誰にも言えない想いをそっと抱きしめたいとき——
その石は、言葉よりも確かに、あなたの内側に光を灯してくれるでしょう。
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